華道文化の継承を支える教室稽古活動

塩野 敬子

はじめに

 華道は、日本を代表する伝統文化である。京都の紫雲山頂法寺を母体とする華道流派・華道家元池坊が発祥であり、1500年にわたる歴史を持つ。
 この評価報告書では、華道文化継承の主力活動である「教室における教授者から門弟への稽古」について、芸術的伝承活動と評価し報告すると共に、今後の展望をも考える。

 筆者は華道家元池坊に所属する華道家であり、大学や高校において華道の指導を行う。加えて、華道伝承には教室稽古が最も有効という考えから、数年前より個人の華道教室を開催し、門弟の個人レベルに合わせた稽古を行う事で、華道文化の継承と普及に尽力する。

1.基本データと歴史的背景
 
 以下に華道の歴史と共に基本データを記す。

 538年に日本に仏教が伝来し、587年には聖徳太子が京都に紫雲山頂法寺(通称:六角堂)を建立した。この頃より、仏前供花と呼ばれる習慣が僧侶達によって始まる。即ち三具足(みつぐそく)として、香、花、光(蝋燭の火)を日々仏に捧げる習慣である。
 その花の部分が、歴史の変遷と共に「もてなし」の目的で仏前以外の場所で飾られる様になり、華道として発展していった。

 室町時代中期に書院造りが確立されると、武家や宮中の座敷において「座敷飾り」として室内装飾の豪華な花が生けられる様になる。同朋衆という将軍付き芸術家集団による豪奢な花が発展する一方、京都の池坊では代々僧侶である家元が花の名手として活躍した。
 仏前に立てる立て花が、立花(りっか)という、型を持ち、独自の哲学と表現内容を持つ花型へと発展した。立花は、15世紀後期から天皇や公家、武家また僧侶といった富裕層の男性を中心に、豪華で大きな形へと発展していった。

 室町時代後期には池坊専応が『専応口伝(1537)』において、花を生けることに哲学や思想を加え、いけばな理論を体系化し、弟子に相伝する様になった。

 安土桃山時代を経て、江戸時代には一般の町人が経済力を持ち、武家や宮中に代わる文化の担い手となった。町人の間に立花をシンプルにした生花(しょうか)という型のある花が大流行した。

 華道文化が町人中心になったと同時に、家元制度が確立された。主目的は技術や理念の継承と共に、流派の経済的基盤を安定させる為であった。
 即ち、稽古を重ねた門弟は師匠認定のもと、家元発行の免状取得が可能となり、門弟が免状代を家元に納め、家元から免状が発行される事で経済的基盤も安定し、技術の継承も行えるというシステムである。

 明治時代には京都で日本初の公立女学校が開校し、華道が学校カリキュラムに導入された。そこから現代に至る迄、女性の教育や嗜みといったイメ―ジが強くなり現在に至る。

 明治以降は立花・生花に加えて、西洋的空間に合う自由花が加わり、現在、立花・生花・自由花の三種類がいけばなの種類とされている。自由花は現代の主流であり、立花・生花は花展や稽古時にのみ練習することが主である。

 六角堂の代々の住職が家元を務める華道家元池坊は、現在も六角堂に隣接する池坊会館を拠点とし、国内外に門弟を持つ日本で最大の流派である。

2.事例のどんな点について積極的に評価しているのか

 現在も継続する家元制度は、華道文化継承の原動力であり、その基本には個人の稽古場での稽古がある。免状を取得する過程で、立花や生花といった華道文化の中心である型のある花は、稽古場で教授者から直接学ぶ形式でなければ習得が難しい。
 華道では、人から人へ直接、稽古場で伝承を行うことが最も確実に技術や理念を伝えられる教授法であると評価している。

 稽古場での活動の大きな特徴は、デジタルデータ等では伝えきれない感受性や審美眼の涵養や醸成といった事が、人から人への伝達においては感覚的に共有や理解がしやすいという事がある。また教授者の言葉や所作から、門弟は華道の美感やその背景の理念を感得する事も出来る。

 門弟に対する効果的な指導が行えるかどうかは、教授者の経験による力量に基づく。花材は自然素材である為、毎回生け方に臨機応変な感覚と決断力をも要する。
 その様な対応力が必要な教室稽古において、教授者自身も研鑽を積み、門弟は免状取得に向けて稽古に励むという、互いに良い相乗効果を生み出す場であるとも評価する。

3.他の同様の事例と比較して何が特筆されるのか

 華道が指導できる場所は現在、個人教室の他に、学校での指導、またカルチャーセンター等がある。カルチャーセンターという期間や経費も明確な場所では気軽に華道が学べるが、更に学びたい人は、個人の稽古場へと通う様になる。学生が華道を続けたいと希望した時も、やはり個人の教室での受入れが相応しい。

 教室稽古と、学校やカルチャーセンターの学びを比較すると、稽古時間のデザインが異なる事があげられる。
 学校の授業やカルチャーセンターでは、全員同じ時間速度で開始から終了まで終えるものとされる。
 それに対して稽古場では、門弟其々のペースで一連の稽古を進める事ができる。即ち、教授者から花材や生け方の説明→門弟が生ける→教授者の手直し→写真を撮り、ノートに稽古内容を書き留める→後片付け、といった運びが、門弟が納得のゆく時間デザインで過ごせるのである。

 教授者も、門弟の進度や個性、希望に合わせて細やかな指導ができる。
 時間的効率は学校等と比べて悪いが、段階に従い、個々の進展に合わせて伝える事が出来るという点で、一対多数より、少数ではあってもいずれ教授者となる者を育成できる点においては有効なのである。

4.現況と今後の展望について

 1970年代には華道人口は約3000万人であった。しかし1990年頃には約1000万~1200万人となり、2016年の最新データでは187万人と減少の一途を辿っている。
 現在の問題は入門者減少と教授者の高齢化であり、それは華道文化そのものの危機的状況につながる。

 それに対して現在、華道団体は海外への発信と若年層への教育に力を入れている。
 池坊では、海外の門弟が日本国内とは逆に増加している状況を踏まえ、指導者が通う学校である「中央研修学院」のカリキュラムを海外の門弟用に新設し、多国語での華道のライブ配信、多言語でのウェブサイトを充実させる等の活動を行っている。
 後者は学校での授業やクラブ活動への取り組みに積極的に参入を行っている。

 また、令和2年度の文化庁調査によると華道未経験者の華道に対するイメージは「礼儀や作法等に厳しそう」「技術的に難しそう」「教室の月謝や道具等にお金がかかりそう」といったものが多い反面、どのような条件が整えば華道をやってみようと思うかの設問については「誰でも気軽に参加できる体験教室・イベントがあれば」が50%、「行きやすい時間帯で通える教室があれば」が43%と高回答率を示している。

 これを踏まえ今後は、教室に通う為のきっかけとして、気軽な体験の機会やイベントをこれ迄以上に実施し、華道の魅力を伝える事が重要である。
 同時に、経費の目安や、免状取得までのシミュレーションを明確に示し、通う人の都合(場所・時間帯)に合う教室を容易に探せる様、教室検索サイトを充実させる等、これ迄の広報デザインも変える必要がある。
 ただ写真や動画だけでは、稽古場や花展で肉眼で見るいけばなの魅力はやはり伝わりづらい。実際に花展等に足を運んでもらう工夫も更に必要だろう。

5.まとめ

 華道文化の継承は今後も、個人教室で教授者から門弟へ伝える形が最も効果的だと言える。
 ただ趣味の多様化が進む現在、入門者が今後国内で増える可能性は少なく、教室のお稽古も縮小の一途を辿るだろう。
 しかし華道の技術や美感、また礼儀をも学べる場所は個人教室の稽古場以外に存在しない。だからこそ海外、学校、カルチャーセンター等で、いずれは教室に足を運んでもらう為のきっかけとなる様、更なる工夫をするべきである。
 時代のニーズに沿って広報や指導内容のデザインに若干の変更を加えるとしても、華道文化継承に最も大切なものは教室の稽古活動であることを忘れてはならない。

  • 78807_1 立花(りっか): 室町時代に確立した型のある花。ある一定の免状取得後生ける事が許される。 (2021年7月22日 筆者作成・撮影)
  • 78807_2 個人教室において教授者から立花の手直しを受ける門弟。
    稽古場では一対一で丁寧な指導を受ける事が出来る。(2021年7月22日 筆者撮影)
  • 78807_4 個人教室において教授者から立花の手直しを受ける門弟。
    稽古場では一対一で丁寧な指導を受ける事が出来る。(2021年7月22日 筆者撮影)
  • 78807_5 生花(しょうか):江戸時代~明治時代に確立された型のある花。ある一定の免状取得後生ける事ができる。(2020年11月22日 筆者作成・撮影)
  • 78807_6 稽古場風景。自由花を生ける学生の門弟。自由花には特に型はなく自由である。(2021年5月30日 筆者撮影)
  • 78807_7 大学における華道授業風景。稽古場に比べて時間が限られ、伝える内容もマニュアル化されている。(2021年7月26日 筆者撮影)
  • 78807_8 学校華道における六角堂へのフィールドトリップ。華道の歴史を若年層に伝え、今後の門弟増加のきっかけとする。(2021年6月20日 筆者撮影)

参考文献

中西紹一・早川克美編『時間のデザイン-経験に埋め込まれた構造を読み解く』(京都造形芸術大学 東北芸術工科大学 出版局 芸術学舎、2014年)
文化庁地域文化創生本部事務局 『令和2年度 生活文化調査研究事業(華道)報告書』(2020年)
日本華道社編集部『いけばな池坊 歴史読本』(日本華道社、2016年)
青山惇彦(1975).「いけばなの歴史」東京大学理学部弘報7(7), 8-10, 1975-07
今井孝司(2000).「いけばなにおける沈滞要因の考察(2)今日的問題の考証」京都精華大学紀要 (18), 107-129, 2000-03
池坊由紀・高井由佳・後藤彰彦・桑原教彰(2014).「いけばな作品評価アンケートによる未経験者と熟練者の見極めの比較:-いけばな実作と写真を用いて-」日本感性工学会論文誌 Vol.13 No.1 307-314(2014)
伊藤優花(2016).「明治期以降の大衆における華道とジェンダーについて-女子教育の視点から-」早稲田社会科学総合研究. 別冊, 2016年度学生論文集 社会科学部創設50周年記念号, 187-196, 2017-03-25

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