半田赤レンガ建物 「歴史的建造物の維持継承と地域の繋がり」

白尾 有賀里

1.はじめに

 日本には数多くの歴史的建造物が存在する。歴史ある景観の美しさや伝統を後世に伝える遺跡として活発に保全活動が行われている中で、来場者の不足や維持資金の不足、活動自体の継承者問題など充分に運営していくことが困難になっているという現実的な問題を抱えた建造物もある。
 本研究では半田赤レンガ建物を題材に、役目を終えた歴史的建造物を保全するだけではなく、時代や人々のニーズに合わせて地域との繋がりを持ちながら維持継承していく方法を考える。


2.基本情報と歴史

[所在地] 愛知県半田市榎下町8番地
[設計者] 妻木頼黄
[竣工] 1898年
[認定] 登録有形文化財(2004年)、近代化産業遺産(2009年) [※1]、半田市指定 景観重要建造物 第一号(2014年)

(1)基本情報
半田赤レンガ建物は明治31年カブトビール(丸三麦酒)の製造工場として誕生した。
明治時代に建てられたレンガ造の建造物の中でも五指に入る規模であり、横浜赤レンガ倉庫や日本橋なども手掛けた建築家 妻木頼黄により設計された歴史ある建物である。
元はビール工場として建てられたが、時代の流れと共に様々なニーズに応えその役割を変化し続けてきた。

(2)建物の歴史
 明治〜大正〜昭和初期と長きにわたりビール工場として活躍し、昭和18年太平洋戦争が始まると共に閉鎖される。その後中島飛行機に売却され、第二次世界大戦の終戦までは中島飛行機製作所の衣糧倉庫として使われる。建物の北壁一面には半田空襲当時の機銃掃射跡が今も残っており、戦争の遺跡としても次世代に遺して行くべき重要な建物でもある[※2]。
 終戦後は日本食品加工に売却されコーンスターチ工場として使用され、平成6年に工場としての役目を終え、平成8年に半田市所有となる。
 平成27年に耐震工事や補強整備を施された後一般公開され、現在に至る。

(3)現在の建物
建物は1階部分のみが開放されている[註1]。
・常設展示室
 半田赤レンガ建物やカブトビールについての歴史を紹介している展示
・企画展示室
 半田市や知多半島のものづくりに関する期間限定の企画展
・カフェ
 復刻版カブトビールや知多半島の特産物を使用した料理を味わえる
・ミュージアムショップ
カブトビールグッズのほか半田市や知多半島の名産品を販売

また建物敷地内の芝生広場では定期的に知多半島の作家やショップによる市が開催される[註2]。
 

3.同様の事例との比較

 同時期、同建築家 妻木頼黄によって設計された建造物として、横浜赤レンガ倉庫(神奈川県横浜市[註3])が挙げられる。半田赤レンガ建物と同様に、こちらも戦争や時代の流れと共に役割を変え、本来の役目を終えた後現代の施設として蘇った歴史的建造物である。
 横浜土産に特化したショップや工房、赤レンガの雰囲気や横浜の景観美を満喫できるロケーションのカフェレストラン、演劇や音楽などの芸術文化を堪能できるホールスペースなどが併設されており、横浜屈指の観光スポットとしても名高い。また赤レンガ倉庫の景観を生かしたイルミネーションやプロジェクションマッピングなど、歴史的建造物としての景観を生かしながらも現代の先端技術を積極的に取り入れたイベントも開催される。
 横浜市には観光名所が多く存在し、日本国内だけでなく海外からの観光客も多く見られる。日本の歴史的建造物としてだけでなく先端技術を用いた観光施設として「観光客へのアプローチ」を重要視することにより幅広い層の来場者の獲得に繋がっている。

 比べて半田赤レンガ建物は知多半島のものづくりを通し、地域との連携を重視した「地元客へのアプローチ」が強いと考えられる。
 半田市は、半田赤レンガ建物を筆頭とした多くの歴史的地域産業に関わる文化財と美しい景観に囲まれた地域である[※3]。 そのため地域住民の地域文化財保全についての意識は高く、文化財を展示保存するだけでなく歴史ある景観や雰囲気を利用したイベントを行い、老若男女問わず地域の良さを楽しめるよう工夫が施されている。
 愛知県の都心部から離れた位置にあるため交通の不便さは欠点でもあり、数多くの来場者や旅行客を対象としたアプローチは現実的には困難であるため、地域産業の素晴らしさを知ってもらうようなものづくりに関するワークショップや、地域の特産物を集めた市を行うなど、地域住民が自分の住む地域の素晴らしさに気付けるような催し物が多く開催されている。来場者も参加者も地元からのリピーターが多いため、外部からの来場者もアットホームな「地元の暖かさ」を感じることができる。
 今では本来の工場や倉庫としての役目を終え、建物上階は老朽化のため一般公開されていないが、レンガ造りの美しい景観や敷地の広さから来場者の年齢層も子供から高齢者までと幅広く、常設展やカフェの他に定期的にイベントやワークショップが開催されている。
 毎日予約制で開催されるガイドツアーは半田赤レンガ建物やカブトビールについての歴史を細かく勉強することができ、明治時代に製造されていたカブトビールと大正時代に製造されていたカブトビールの飲み比べもできるユーモア溢れるツアーである。
 建物敷地内の芝生広場で定期開催されている市では、半田市や知多半島に関連したものづくりであれば誰でも出店でき、地域特産品を使ったフードメニュー・産地直結の食材の販売・地元アーティストの作品販売など地域性に富んだ数々のショップを見ることができる。人と人との関わり方も、ものづくりが盛んなこの地域ならではのものであり、昨今ではなかなか感じることのできない地域の生産者と来場者の親密さや暖かさを感じる。半田市や知多半島のバラエティに富んだ特産品が集まっているため、地域住民ではない旅行客も楽しめるようなイベントとしても工夫されている。
 その他にも企画展示室やカフェなどのスペースの貸し出しを行なっており、敷地内では音楽隊の演奏イベントやダンサー主催のダンスショー、絵画展や写真展なども開催されることがある。また子供も気軽に工芸品作りを楽しめるような地元作家主催のものづくりワークショップも行われる。


4.評価

 半田赤レンガ建物が明治時代に建設されてから用途を変えながらも今日まで現存しているのは、地域住民による支えや地域との深い繋がりが大きいものであったと考えられる。多くの歴史的建造物が存在する中で現代人の生活と結びつきながら現存している建造物は少なく、大半は役目を終えた後その歴史を伝える博物館として存在しているが、長きに渡る維持存続の方法としては万全ではない。建造物の歴史とは人々が存在してこそ生まれるものである。再構築や維持存続を行う上で、地域や現代人と結びつく方法の選択は重要視すべく点であると言える。
 文化財の保全に重きを置くだけでなく、文化財としての地域との結びつきや景観美をうまく活用し、時代に合わせた新しい発想を進んで取り入れたイベントを開催している様は強く評価できる点であり、他の歴史的建造物の再構築や活性化にも参考になる取り組みである。


5.今後の展望・まとめ

 半田赤レンガ建物では新型コロナウイルスの影響を受け、常設展・カフェ以外の企画が長期に渡り開催停止になっている。厳しい状況下の中で取材を行ったが敷地内の広場では散歩をする親子や老人、カフェではランチを楽しむ地元の人々を目にすることができ、互いに気遣いながらではあるが日常とあまり変化のない風景にとても安堵した。様々な時代の危機的状況を掻い潜ってきたこの建物は我々の日常であり希望でもある。
 日本に遺る美しい建造物の一つとして、地域を繋ぐ素晴らしい空間として、この状況を乗り越え、これからも時代と共に進化していくだろう。

  • 1 半田赤レンガ建物 正面 (2021.1.26 筆者撮影)
  • 2_%e8%b5%a4%e3%83%ac%e3%83%b3%e3%82%accp1_page-0001 ※1 文化財としての赤レンガ建物 (筆者作成)
  • 3_%e8%b5%a4%e3%83%ac%e3%83%b3%e3%82%accp2_page-0001 ※2 半田空襲当時の機銃掃射跡 (2020.1.11 筆者撮影)
  • 4_%e8%b5%a4%e3%83%ac%e3%83%b3%e3%82%accp3_page-0001 ※3 半田市の文化財・歴史的建造物マップ (2021.1.26 筆者撮影)
  • 5_%e5%8d%92%e8%ab%96%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%91_page-0001 資料1 赤レンガ建物の景観 (2021.1.26 筆者撮影、作成)
  • 6_%e5%8d%92%e8%ab%96%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%92_page-0001 資料2 建物構造の工夫 (2020.1.11 筆者撮影、作成)
  • 7_%e5%8d%92%e8%ab%96%e8%b3%87%e6%96%993_page-0001 資料3 施設内カフェとカブトビール (2021.1.26 筆者撮影、作成)
  • 8_%e5%8d%92%e8%ab%96%e8%b3%87%e6%96%99%ef%bc%94_page-0001 資料4 建物敷地内の広場 (2021.1.26 筆者撮影、作成)

参考文献

[註1]
建物自体は4階建て(うち塔屋部分が2階)ではあるが現在開放されているのは1階部分のみ。2階以上は工場跡からの用途変更確認申請対象外になっており非公開。過去に2階部分が期間限定・入場者数限定で公開されていたが現在は一般公開されていない。用途変更確認申請対象外の理由としては建物内の老朽化が主な要因であると考えられる。

[註2]
新型コロナウイルスの影響で開催停止中(2021年1月時点)

[註3]
1911年 貿易に用いる保税倉庫として建設され、第二次世界大戦時は軍事物資保管庫、戦後は米軍の港湾司令部として、その後再び海外との貿易が始まると港湾倉庫として活躍し、1989年 倉庫としての役目を終える。2002年 文化商業施設としてオープン。2007年 近代化産業遺産認定。

[参考文献]
・半田赤レンガ建物 常設展示
・半田赤レンガ建物 公式HP (https://handa-akarenga-tatemono.jp)
・横浜赤レンガ建物 公式HP(https://www.yokohama-akarenga.jp)

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