芸術祭がもたらす地域への影響とその役割

鬼木陽介

『芸術祭がもたらす地域への影響とその役割』

1 地域芸術祭の役割
過疎化や高齢化による地域の衰退は全国各地に見られる問題であり、解決に向けては地域創生というプロジェクトの名の元に国の施策の一つとなっている。一方、一部の地域では独自に街おこしを行い若年層を中心としたU・Iターン移住者の増加を成功させている地域もある。[註1]
そのような中で地域芸術祭は地域活性としての役割を大きく担えるものになると考える。本稿では瀬戸内国際芸術祭を中心に芸術祭がもたらす地域への影響を調査し、芸術祭は地域活性の手段となりうるのか、地域芸術祭の果たす役割とは何かを提起する。
また、全国で開催されている芸術祭の今後の展望について私の意見を交えて述べる。

2 瀬戸内国際芸術祭について
瀬戸内地域の島々の魅力の再発見、交通の大動脈として栄えていた過去の海の復権を目的に2010年に第一回瀬戸内国際芸術祭が開催され、30万人を予定していた来場者数は最終的には93万8千人に達し大成功を収めた。3年に1度のトリエンナーレ方式で開催されており、開催地や会期が拡大された2013年の第二回芸術祭では経済効果、来場者ともに前回を上回るものとなった。[註2]

3 瀬戸内地域の歴史と背景
3-1瀬戸内地方の気候、特産
小豆島の寒霞渓、屋島、鷲羽山を中心とした備讃瀬戸の美観区域は昭和9年(1934)に日本初の国立公園に指定された。多島海という言葉に代表されるように多数の島々が散在する内海の景色は風光明媚であり、壮観な心象風景として心に刻み込まれる。
全国と比べると比較的温暖小雨の地域であり、瀬戸内海式気候を生かしたオリーブや柑橘類が特産である。また海苔や牡蠣の養殖、塩田や醤油なども盛んで島によって様々な産業が見られる。

3-2島嶼部の光と陰
近代瀬戸内地域は世界に認められようと成長し華やぐ近代日本の中にあってその陰の部分を背負わされてきた歴史がある。
日本でも最大級の不法投棄の現場として豊島は長い間業者や行政と闘ってきた。事件の発覚から調停成立まで25年、元の島に戻るまで今後15年はかかる歳月の重みは芸術祭のガイドブックを一目見ただけでは分からない。
まるで時が止まったかのような静けさが漂う大島はハンセン病の後遺症治療を中心とした国立の療養所である。ハンセン病への誤った知識や偏見から約100年に渡り患者たちを隔離してきた。
島にあるモニュメント「風の舞」には「せめて死後の魂は風に乗って島を離れ自由になれますように」という願いが込められている。私はどんなアート作品よりも心を動かされた。
芸術祭の最終的な目的が人口の流入、移住者の増加であるとするならば、こういった島の歴史を知る、知らせる必要はあると私は考える。島の魅力の再発見とはアートという表層だけを見て地域を知ったつもりになるのではなく、島の過去を知り歴史を知ることでその土地の魅力を知ることではないだろうか。

4 他地域から読み取る芸術祭の目的及び価値の違い
4-1黄金町バザール 〜アートを利用した街の再生〜
横浜市中区黄金町エリアを中心とした黄金町バザールは2008年より毎年開催されている地域芸術祭である。
売買春等違法な行為を行う店舗が乱立していた地区をアートによって再生させるべく立ち上げられたものであり、狭小スペースを生かした作品の展示、空き家や高架下を利用したアートインレジデンスやワークショップなど取り組んでいる内容も多岐に渡る。幅広い芸術活動は徐々に、しかしながら着実に街の文化として浸透しつつあるものと思われる。

4-2市原アートミックス 〜“らしさ”と画一の境界線〜
市原市南部を中心に開催された中房総国際芸術祭いちはらアート×ミックスは2014年に第一回が開催され、3月から5月までの52日間の会期で8万7千人を動員した芸術祭である。[註3]
小湊鉄道といったローカル線での移動や車両を舞台とした演劇作品、中房総に広がる里山の風景を生かした作品や体験プログラムなどは地域性を意識していると言える。
しかしながら会期中に実施されたアンケートの中には2番煎じといった回答もあり[註4]場所としての特質性だけでなく、芸術祭としての必要性を理解してもらうことが重要である。

4-3瀬戸内国際芸術祭の特筆点
大規模な芸術祭の成功はその後日本各地にブームを広げることとなった。横浜トリエンナーレや新潟で開催された大地の芸術祭とともに、地域芸術祭を大衆に認知させポピュラー化させた。
国際芸術祭を謳っており地域から世界へという意識も随所に見られる。各国からのアーティストの参加はもちろん、バングラデシュの職人やパフォーマーらによる高松港でのイベントなど他者を巻き込んで盛り上げようとする動きが感じ取れる。また、海外からの来場者に関しても、新潟県十日町市・津南町を中心に行われた大地の芸術祭の0.7%に比べて当芸術祭は2.6%と比較的高く[註5]、グローバル化が進む世界の中でこの割合は今後増えていくものと思われる。
離島での開催も当芸術祭特有のものである。2013年には12の島が参加しており、アクセスは全てフェリーなどの船移動となる。他の芸術祭と比較しても時間や金銭面での制約は大きい。にも関わらず多くの人が訪れる理由には案内標識や船の運航状況の周知の徹底に加え、その制約を越える島への価値を鑑賞者が見出せているからではないかと考える。
しかしながら休日などで島が賑わう日には船が混んでいるため、反対に島民が島から出られないというような逆転現象が起きている。今後はこういった島民と鑑賞者の関係についての課題を解決していく必要がある。

5 現地住民の声
現地に住む私の知人やNPO法人「アーキペラゴ」の堀尾明代氏[註6]にご協力いただき、高松に住んでいる方々数十名から芸術祭に対する考えを伺うことができた。香川県に住んでいる方を対象とし20名の方にお答えいただいた。
芸術祭を知っている方は19名おり、知名度の高さが伺える。また、7割の方が芸術祭に対して好意的な印象を抱いており、瀬戸の島々の魅力の発見、イメージの向上、経済波及についての期待を感じ取れた。中には子供達の発想力を養ってくれるといった意見もあり、芸術祭の効果は非常に多岐に渡っていると考える。
もちろん肯定的な意見ばかりではない。直島に住んでいる方の中には鑑賞者のマナーが悪い等の意見もあり、外部の人間は鑑賞地としてその場を楽しむ前にそこに住む方々の生活や環境を充分考える必要があると痛切に感じた。

6 地域芸術祭の可能性 〜芸術祭は「面」で捉えるべき〜
街の機能の再生や地域一帯への経済波及など、何をもって成功とするのかはそれぞれの芸術祭によって異なる。
瀬戸内国際芸術祭における成功とは地域を活性させることであり人口減少が進む島々への来訪者の増加から最終的には移住者の増加であると考える。しかしながらただ人が増えればいいのかというとそうではない。前述したように元から住んでいた島民が鑑賞者のマナーを快く思わないのであれば来訪者の増加は単に煩わしいだけである。大事なのはアートをきっかけに島の本質を知ることである。
小豆島にて行われたプロジェクトの中に「小豆島町コミュニティアートプロジェクト」という取り組みがある。不要になった醤油の小さな容器約8万個を使ったインスタレーションで特定のアーティストは存在せず、幅広い世代の住民が参加し完成させた。鑑賞者はこの地域が醤油の名産地であることを知り、歴史を知ることになる。ここでしかできないもの、ここで作り上げる意味のあるものを地元民とともに作り上げることこそが重要である。
外部からきたディレクターや作家だけで地域を盛り上げようとしてもそこに賛同する者がいなければ中身のない一時的なイベントで終わってしまう。会場を作品から作品へといった「点」でつなぐよりも、住民との触れ合いなど地域全体を交流の場とした「面」として捉えるべきである。
芸術祭を仲介にして作家と地元住民、鑑賞者の三者が関係づくりを意識すれば地域の魅力は自ずと出てくるのではないだろうか。
ゆえに地域芸術は作品ありきのホワイトキューブから地域由来のサイト・スペシフィックへの移行が不可欠であり、来訪の起点となる国内・海外の有名作家の作品と、地域を知る起点となる滞在・体験・参加型プログラムを分担して用意すべきであると私は考える。
地域芸術祭とは鑑賞から交流までを担うツールであり、開催する必要性や意味をしっかり認識していれば 地域活性、機能再生、経済効果、人口増加、教育など可能性は非常に幅広いと考える。

<資料>瀬戸内国際芸術祭その他概要
開催地
第一回 直島・豊島・女木島・男木島・小豆島・大島・犬島・高松港周辺
第二回 直島・豊島・女木島・男木島・小豆島・大島・犬島・沙弥島・本島・高見島・粟島・伊吹島・高松港周辺・宇野港周辺
会期
第一回 2010年7月19日~10月31日の105日間
第二回 春:2013年3月20日~4月21日の33日間、夏:2013年7月20日~9月1日の44日間、秋:2013年10月5日~11月4 日の 31 日間の計 108 日間
作品数
第一回 18の国と地域から75組の作家が参加 第二回 26の国と地域から200組の作家が参加

  • 987383_b152638bc03b4c738738ac3d3311b6fc 黄金町バザール 高架下を有効に利用した作品展示
  • 987383_87c5d1da102f4150961af3d5d1236d8a 中房総国際芸術祭いちはらアート×ミックスにて使用された小湊鉄道
  • 987383_7df5611b5f444e4dac3ddde4a4fcd158 いちはらアート×ミックスでは複数の旧校舎が会場として使用された。
  • 987383_ff072db80f6e473989324d51a8059f54 芸術祭で賑わう豊島。同じ島内にある不法投棄の現場。島の光と陰を知ることこそが魅力の再発見に繋がるのではないだろうか。
  • 987383_7f7314bc19dc4d21a987f3bc3abf5c2b 大島にあるモニュメント「風の舞」 ここに隔離された方々にとっての瀬戸内海とはなんだったのか。
  • 987383_f38b06bb3f2142df9030fd0b32ae5d33 醤油が使われたインスタレーション作品「小豆島町コミュニティアートプロジェクト」 地域×芸術×人が融合された見事な作品である。

参考文献

椿昇、多田智美、原田祐馬『小豆島にみる日本の未来のつくり方』誠文堂新光社(2014)
橋爪紳也『瀬戸内海モダニズム周遊』芸術新聞社(2014)
人見伸子『現代美術と町おこし:現代美術は地域再生の起爆剤となり得るか?』
中島正博『過疎高齢化地域における瀬戸内国際芸術祭と地域づくり』
瀬戸内国際芸術祭実行委員会『瀬戸内国際芸術祭2010 総括報告』、『瀬戸内国際芸術祭2013 総括報告』
中房総国際芸術祭いちはらアート×ミックス実行委員会『中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス 総括報告書』
大地の芸術祭実行委員会『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2012 総括報告書』
環境省『瀬戸内海の現況等について』、『瀬戸内海における湾・灘ごとの海域特性について』
島根県海士町『地域資源を活用したまちづくり』
石田信隆、寺林暁良『U・Iターンで活性化する海士町』
廃棄物対策豊島住民会議「豊かさを問うⅡ 調停成立5周年をむかえて」
廃棄物対策豊島住民会議「豊かさを問うⅢ 調停成立10年誌 ゆたかの島」
『ハンセン病の歴史』
http://www.kt.rim.or.jp/~kozensha/CONTENTS/hansen-rekishi.htm
『瀬戸内国際芸術祭2013「小豆島町コミュニティアートプロジェクト」レポート』
http://colocal.jp/topics/think-japan/local-design/20130420_17200.html
その他参考文献
『瀬戸内国際芸術祭2013公式ガイドブック アートをめぐる旅完全版 春』美術出版社(2013)
『瀬戸内国際芸術祭2013公式ガイドブック アートをめぐる旅完全版 夏・秋』美術出版社(2013)
『中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス 2014 公式ガイドブック』美術出版社(2014)
横浜トリエンナーレ組織委員会『横浜トリエンナーレ 2005 カタログ』(2005) 横浜トリエンナーレ組織委員会『横浜トリエンナーレ 2005 ドキュメント』 (2006)
註1 『U・Iターンで活性化する海士町』p61
註2 『瀬戸内国際芸術祭2013 総括報告』p11、p19
来場者数については最終的には予想を超える約107万人に達した。県内における経済波及効果は132 億円であり、前回(2010年開催)と比較すると21億円の増加(対前回比118%)となっている。その他概要についてはキャプション2にて添付
註3 『中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス 総括報告書』p11
註4 『中房総国際芸術祭 いちはらアート×ミックス 総括報告書』p59
註5 『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2012 総括報告書』p2、『瀬戸内国際芸術祭2013 総括報告』p16
註6 高松市に本拠を置くNPO法人アーキペラゴ理事。エポック・イングリッシュスクール学院長。筆者とは藝術学舎の講座「島巡り芸術祭2013」にて知り合う